『光圀伝』

『光圀伝』(冲方丁・著/角川書店) 恥ずかしながら水戸光圀=水戸黄門さまというと、テレビドラマの『この印籠が目に入らぬか』の従者の決めゼリフとともにドラマ終盤で「カーカーカッカ」と高笑いするおじいちゃん、というイメージしかなかった。しかも、よくよく考えてみたら主演俳優を何人も変えてなん十年にもわたって放送されていたドラマを観た記憶もない。なん十年にもわたって放送されてきた間に象徴的なシーンがドラマ以外の番組か何かでたびたび流されて記憶に刷り込まれてしまった…ということだろうか。人間の記憶なんていい加減なものなのかもしれない。とにかく黄門さまのイメージは、杖をついて象徴的な装束で身を固めた白髪白髭の老人、という画一的なイメージがいつからか出来上がっていた。
 
 『光圀伝』(冲方丁・著/角川書店)を読んで黄門さまのイメージが一変した。同書は映画化もされた『天地明察』の著者が著した歴史長編小説。幼くして兄がいるにもかかわらず水戸徳川家の世子となりそれを不義と思い悩むが、不義を義とすべく義に生きる。血気盛んな“傾奇者”だった青年期を経て学問・詩歌に目覚め、やがて「大日本史」編纂という一大事業を開始する。家光、家綱、綱吉と3代の将軍に仕えるが、「生類憐れみの令」の綱吉からはその学識、人望、人脈の広さなどから最も恐れられる存在ともなる。読後、描写された光圀公のその人物のスケールの大きさに圧倒された。小説では晩年「西山荘」に隠居して逝去されるまで描かれているが、私の住んでいる馬頭町(現那珂川町)はかつて水戸藩領で、隠居時代に光圀公が検分で幾度か訪れた記録もあり非常に興味深く読むことができた。今後、地元の光圀公ゆかりの場所を今までと違った視点で見られそうで楽しみだ。水戸では経済団体が大河ドラマ化への署名・陳情活動をしているらしい。確かに映画の尺には収まりきれない内容かもしれない。映像化も期待したい。