陶磁器を焼成する窯の炎の色は、赤っぽい色から白に近い色へと温度の上昇とともに変化していく。画像は1280度くらいの本日の窯の中の画像。とても長時間直視してられないくらいの光度だ。今でこそデジタル温度計で窯の中の様子がわかるが、昔は窯の中の色味や薪の燃える音などで判断していたらしい。
江戸時代初期の名陶工・野々村仁清は晩年、長年の窯焚きがたたって失明したと京都で陶芸を勉強してた頃何かで読んだか聞いたかした記憶がある。念のためネットで検索したがそれらしいものが出てこなかった。あれは夢か幻か…。最近、なんとなく記憶など曖昧なまま流してしまうことが多くなってきた。
仁清といえばちょうど25年前に会社を転職する際、以前の会社の有給休暇を消化するために旅行に出かけ金沢の石川県立美術館で仁清作の国宝『色絵雉子香炉』を観たことを思い出す。その後陶芸の道に進むことなぞ考えてもなかった頃だったが、作品に惹きこまれ長時間観賞した記憶がある。
そのとき作品のかたわらのモニターディスプレイで詩人の宗左近が『色絵雉子香炉』を評論した数分間の映像が何度もリピート再生されていた。その中で『色絵雉子香炉』を端的に評した言葉を今でも覚えている。「曖昧の極みの完璧さ」。曖昧な私のアタマでは到底理解できない言葉だったからなのか、今でも耳にこびりついて離れない。いや、もしかしたらこの記憶自体も今となっては夢か幻かもしれない…。
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六つ目編み
運気上昇祈願の初詣
今年も地元那珂川町にある鷲子山上神社に初詣に行ってきた。昨年も参拝しておかげさまで何事もなく無事一年を過ごすことができた。今年も贅沢なことは望みません、ただ何事もなきようにと本殿を参拝。
そして今年も同神社境内にある本宮神社にも参拝。こちらはここ数年、金運上昇のパワースポットになっている(詳しくは昨年の記事ご参照)。ここでは俗にまみれた金運福徳祈願を思う存分してきた。昨年は金色の金運お守りをいただいてきたが、今年は黄色の『宝くじ入れ』を発見!これをいただいた。
十数年来ロト6で同じ数字の組み合わせを買い続けている。数年前から抽選が週2回に増えたがそれでも毎週わずか400円でささやかな夢を買い続け…。何でもネットで購入できる時代、宝くじも例外ではなくここのところネットで購入していたが、今年一年間は売り場まで出向いて現物を買ってこの黄色い『宝くじ入れ』に入れて説明書通りに部屋の西側に置いてみよう。結果は来年の初詣の記事でご報告!
今週の金言
町の健康診断で“要精検”箇所がいくつか出たので宇都宮の総合病院に行ってきた。初診の担当医に年明け早々の精密検査の段取りをしていただき、ひと通りの問診が終わった後、発せられた言葉にめちゃくちゃ感動してしまった。その言葉とは…、『ほかに何かご心配なことは?』。
そもそも病院に行く機会が今まであまりなかった私は、お医者さんと言えば、カルテや問診票、PCの端末ばかり目で追って患者のほうはあまり見ないものだと思っていた。しかしふと、生前、山形の地方都市で内科の開業医だった祖父の聴診器を首にかけた姿が思い起こされた。『医者は患者のことをちゃんとみてるよ』と天国から言われたような気がした。そうだよね、オジイ!
竹割鉈
けんちんうどん
ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で、登場人物の平匡が言う“プロの独身”という言葉がミョーに腑に落ちる。
私は独り身なのであるが、よく「食事はどうしてるの?」とか「料理はできるの?」とか訊かれることも多く、時に「何が作れるの?」とか訊かれると答えるのが億劫になってしまうこともある。
飲食店やコンビニがある町中まで、クルマで15分くらいかかる田舎のさらに田舎に住んでいることや経済効率からして、キホン食事は自炊である。体調が気になるお年頃であるから、多少栄養バランスなど気にしながらその時々の安価な食材で生命を維持するためテキトーに料理する。
今日の昼メシは大根、里芋、人参など根菜類が主役のけんちんうどん。ドラマ『深夜食堂』のオープニング映像を思い描き料理した。風味付けに胡麻油と辣油をまわし掛け、刻みネギといただき物のゆずを添えて完成。この程度の料理はできるのです。なにしろ年季の入った“プロの独身”、ですから(笑)。






